少しハニカム構造体

ふみのつれづれ

ふみ、久しぶりで地元でマイクを握る

すごく久しぶりで夜外活動をする。行きつけのカラオケスナックに行ってお酒を飲むこと。ママやスタッフもそうだが、この人たちは生活費のいったい何割をこのお店に支払ってるのかと思うような常連客の元気そうな顔を見れるのは、それだけでなんだかちょっと安心する。けして若くはないスタッフを巡っての、客同士の小さな小さな鞘当て、いざこざ。来れば必ずけして安くないシャンパンだのワインだのを振る舞う人。「俺、モテないんです」が口癖の、もう70になろうかという人。たまたまとある常連さんの誕生日だったので、お店のおごりで客全員にシャンパンがふるまわれ、カラオケの安っぽいアレンジの「ハッピー・バースデイ・トゥ・ユー」をマイクを持った何人かのスタッフと客で歌う。

しばらく前までは場末のちいさなスナックで繰り広げられるそんなことどもに少なからず愛着を感じていたのに何だか足が遠のいてしまったのには、ちょっと理由がある。

そもそも私がカラオケスナックに行くのには、まあ、いくつか理由があって、たとえば、性転換したのちのほんの短い期間やはりカラオケスナックで働いていたことでできた地元の人間関係、人のつながりの維持。スナックというものへの愛着、廃れていこうとするスナック文化を守りたいというちょっとした気持ち。あと、歌の練習、何がしかの精神安定剤的な意味合い。

けれど、うまく言えないのだけれど福祉職をやるようになって、このうちの精神安定剤の役割が仕事で代替されてしまったようなのだ。障害者さんと接することが、私の何かしら心の安定に繋がっていて、こころというか脳のどこかしらの充足に寄与している。

このへんのメカニズムを説明するのは非常に難しい。人に福祉職をしているという話をすれば、大変でしょう、とか、日々ストレスフルでしょう、と必ず言われるのだけれど、私の場合は全く違っていて、むしろその真逆。非常に心外な気持ちになるが、そのへんのことをうまく説明できないもどかしさ。まあ、福祉職とひとくくりにしてしまうのもおかしな話で、私の職種とか職場とかについてもう少し細かく説明しないといけないのだろうが、ここでは省略。

職場の一人暮らしをしている障害者さんが3日間のお休みにどこかに行ってきたとかで、職場のみんなに箱入りのお菓子を買ってきた。無理しないでね、と言いたかったが、何故か言葉にならなかった。ありがとうね、とだけ言って、お菓子の管理担当の私は職場のみんなに公平に分けた。

久しぶりで行ったカラオケスナックは懐かしかった。マイクを握ってフロアの真ん中で立って歌う。そうそう、この感じ。ここで今まで私はたくさん歌の練習をさせてもらった。

そろそろ音楽活動も再開したいな。今度こそ、音楽にたいして良いアプローチができそうな気がする。